言葉の奥行き
言葉は、私たちの世界を形作る見えない力である。
「愛」や「希望」といった言葉を口にすれば、それが目に見えなくても、誰もが何かしらの感情や情景を思い浮かべるだろう。
しかし、その意味は決してひとつではない。
「愛」とは誰かを思う気持ちであり、時に痛みを伴うものでもある。
「希望」とは前を向く力であると同時に、叶わぬ夢に焦がれる切なさを含むものでもある。
高橋夏代の「TYPE」シリーズは、そんな言葉の奥行きを視覚化する試みだ。
彼女は一つの漢字を何度も重ね、英単語へと変化させる。
「愛」は「LOVE」に、「望」は「HOPE」へと移り変わる。
そこには、単純な翻訳ではない、言葉のもつ多層的な意味が込められている。
アクリルの板を幾重にも重ねることで生まれる奥行きは、まるで私たちの意識の深層を覗くかのように、言葉が持つ無限の解釈を提示する。
集合することで生まれる新たな価値
高橋の作品の核心には「集合」というテーマがある。
人は集まることで力を持つ。魚の群れが大きな一匹の魚のように見えるように、小さな個々の存在が集まることで新たな意味を生み出す。
彼女の作品では、たくさんの漢字がひとつの単語を形成するが、よく見れば、そこに集まった漢字の形や線の太さは微妙に異なっている。
一つ一つの違いが、集合体の中で調和しながらも、確かに「個」としての存在を示している。
まるで人々の社会のように、それぞれが異なる価値観を持ちながらも、一つの言葉、一つの世界を形作っているのだ。
高橋夏代は私たちが普段目にする「言葉」という概念を再定義する。
言葉はただの記号ではなく、それを使う人々の歴史や文化、想いを含んでいる。そして、それが集まり、積み重なった時、新たな価値を生み出すことができるのだ。
言葉の層を生み出す技法
高橋の「TYPE」シリーズの制作過程は、シンプルに見えて非常に緻密である。
まず、作品の基盤となる言葉を選び、それをどのような形状や構成で見せるかをデザインする。
選ばれる単語は、普遍的な意味を持ちつつも、鑑賞者の解釈によって多様な印象を生むものが中心だ。
次に、イラストレーターなどのソフトウェアを用いてレイアウトを決定し、漢字の細部を整えていく。
ここでは、フォントの太さや配置が重要な役割を果たす。文字を無造作に重ねるのではなく、視覚的なバランスを取りながら計算されたデザインを施すのだ。
デザインが決まると、アクリルの板に下書きを施し、それぞれの層を形作る。
アクリルの板は1mmから3mmの厚さのものを使用し、透過性を活かしながら、シルクスクリーン技法を用いて文字をプリントしていく。
そして、何枚ものアクリル板を重ね合わせることで、立体的な奥行きを持つ作品が完成する。
このレイヤー構造は、一つの言葉が時間や文化の影響を受けながら、多層的な意味を持つようになることを象徴している。
作品を正面から見るのと、角度を変えて見るのとでは違った印象を受けるのも、この技法の面白さだ。
言葉のアートを所有するということ
高橋の「TYPE」シリーズの作品を前にすると、まるで時間の層を覗き込んでいるような感覚を覚える。
アクリル板の透明なレイヤーが、まるで言葉が時間の中で形を変えていく様子を見せてくれるようだ。
そこにあるのは、ただの視覚的な美しさだけではない。言葉の意味、文化、個人の記憶といった目に見えないものまでが重なり合い、一つの作品として成立している。
この作品を所有することは、単にアートを飾ること以上の意味を持つ。
それは、言葉の奥深さを日々感じ、見るたびに新しい解釈を発見することでもある。
アートを買うとは、目に見えるものだけでなく、その背景にある哲学や想いを手に入れることなのだ。
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高橋夏代 Natsuyo Takahashi |
Schedule
Public View
4/19 (sat) 11:00 – 19:00
4/20 (sun) 11:00 – 17:00
2025年3月14日(金) ~ 4月5日(土)
営業時間:11:00-19:00 休廊:日月祝
※初日3月14日(金)は17:00オープンとなります。
※オープニングレセプション:3月14日(金)18:00-20:00
※3月20日(木)は祝日のため休廊となります。
会場:tagboat 〒103-0006 東京都中央区日本橋富沢町7-1 ザ・パークレックス人形町 1F